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「致知出版社【偉人メルマガ】」 で『感動の日本史』内容紹介



「致知出版社【偉人メルマガ】」 で拙著『感動の日本史』の内容の一部を紹介していただきました。
陛下への思いを述べた部分です。

以下、どうぞ。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 偉人たちの一日一言 平成28年10月2日(日)
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

石原慎太郎氏が見た、
天皇陛下の勇気


平成23(2011)年3月、
わが国は東日本大震災で、
国家存亡の危機に直面しました。

翌年、東京都知事だった
石原慎太郎氏が産経新聞に
寄稿した「天皇陛下の勇気」
と題された文章を
私は忘れることができません。

大震災直後のことを書いたものです。

大震災発生の19日後にあたる
3月30日、東京都足立区の
東京武道館に避難してきている
福島県民たちを今上陛下が
見舞われました。

この震災で両陛下が被災者を
直接見舞うのは初めてで、
ジャンパー姿の陛下は
床にひざまずき、被災者一人ひとりに
声を掛けられました。

両陛下が50分かけて
全員を回られたあとのことです。

以下に引用しましょう。
(平成二十四年四月二日付【日本よ】より)


〈予定の出発時まで控え室で
 過ごされることになって、
 その間私は同席し、
 発災後間もなくヘリで飛んで
 視察に赴いた福島、宮城、
 岩手の各都市の惨状を報告し、
 すでにかつて他の病での
 手術を受けておられる陛下には
 とても無理としても、
 若く元気なご子息の両殿下を
 名代として出来るだけ早く
 現地の見舞いに差し向けられては
 いかがと僭越にも
 建言させていただいた。

 その間、皇后陛下は一々頷いて
 私の言葉を聞いておられたが、
 陛下はなぜかただ黙ったまま
 表情も見せずに聞いておられた。


 やがて時が来てお立ちとなり、
 先行して部屋を出て
 お見送りのために玄関口に
 立っていた私の所へ
 何故か突然陛下がつかつかと
 歩み寄られ、小声で、
 しかしはっきりと、

 「東北へは私が、自分でいきます」

 といわれたものだった。

 私は唖然たる思いでそれを聞き取り、
 立ち去られる陛下を見送っていた〉


これを読んだ私は、
一心に公のために尽くし、
無私を貫くという歴代天皇に
受け継がれてきた「仁」の伝統を、
今上陛下が誠実に
お続けになっていることを
あらためて教えられました。

そして、まだ激しい余震が続く
翌4月、天皇・皇后両陛下は
宮城県の被災者を
お見舞いされました。


◆「先生、日本ってすごいね!」


 中学生が感動した、知られざる日本人の物語
『感動の日本史』(服部 剛・著)


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プロフィール

服部 剛

Author:服部 剛
授業づくりJAPAN横浜《中学》の代表・服部剛です。中学校社会科教師です。
授業づくりJAPANは、授業実践を通して「国を思い、先人に感謝し、卑怯をにくむ日本人」「日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人」を育てます。
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