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戦場の知事 島田 叡 ②

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 発問2.
 あなたが島田叡だったら何と答えますか?

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生徒の答えは次のようなものでした。

○本当に私でいいなら、行きます。
○家族もいますし、相談したい。
○考えさせて欲しいと言う(正直、嫌だ!)


『島田叡は何と答えたのか、資料2で確認しよう』

【資料2】--------------

 島田は即答しました。
「私が行きます」。
府知事は
「君、家族もあるのだから、3日ほどよく考え、相談した上で返事しても良いんだぞ。断っても良いんだぞ」
と言いました。しかし、島田は
「いや、これは、妻子に相談することじゃありません。私が決めることです」
と答えたといいます。

自宅に帰って、妻に「朝から何か良いお話でしたの?」と聞かれた島田は
「沖縄県知事の内命やった。もちろん引き受けて来たわ」
と落ち着き払って答えました。
驚いた妻の「なぜ、あなたが!?」との問いに、島田はこう言いました。

「誰かが、どうしても行かなならんとなれば、言われた俺が断るわけにはいかんやないか。俺が断ったら誰かが行かなならん。俺は行くのは嫌やから、誰か行けとは言えん」
「これが若い者なら、赤紙(召集令状)1枚で否応(いやおう)なしにどこへでも行かなならんのや。俺が断れるからというので断ったら、俺は卑怯者として外も歩けんようになる」

のちに島田はこうも言っています。

「牛島さんから赴任を望まれた。男として名指しされて断ることはできへんやないか」

こうして、1945年1月31日、島田叡は沖縄県知事として単身、赴任しました。
島田の荷物はトランク2つだけ。
中には衣服と茶道具、愛読書数冊、薬。
そして、拳銃。胸ポケットには青酸カリが入っていました。


◆-------------------
 発問3.
 島田知事の持ち物から、何がわかりますか?
◆-------------------

○死ぬ気で沖縄に行っている。
○生きては帰れないと思っている。

 ここで、「覚悟」と黒板に大書します。
青酸カリが自決のための毒薬であることを確認した上で、島田知事が二度と生きては帰らないという決意を秘めて、「覚悟の赴任」だったことを説明しました。


『着任後の島田知事の行動を資料から読み取っていこう』

【資料3】--------------

 過酷な運命を覚悟した上での赴任でした。
県庁の職員を前にした島田知事の挨拶は次のようなものでした。

「本当の奮闘はこれからだ。一緒になって共に勝利への道に突進しよう。
無理な注文かもしれないが、まず元気にやれ。明朗にやろうじゃないか。
私が万一、元気を無くしたら強くしかってもらいたい。
これからは知事も部長も課長も思い切ったことを言い、創意と工夫を重ねて良心を持ってやろう。
そして力一杯、早くやることだ」

 これを聞いた職員の多くは「この長官は自分たちを捨てていかない。この人になら最期までついていける」と思いました。

 ある人から「泉知事は逃げてけしからん。知事さんも大変ですね」と言われた島田知事は、
 「人間、誰でも命は惜しいですから仕方がないですね。
私だって死ぬのは恐いですよ。
しかし、それより卑怯者といわれるのは、もっと恐い。
私が来なければ、誰かが来ないといけなかった。
人間とは運というものがあってね」
 と、前の知事の悪口は一言も言わなかったといいます。

 島田知事は軍との協力に努め、遅れていた県民の疎開を推進しました。
その結果、約16万人の県民の命が救われることになります。
また、食料・医薬品等を確保し、台湾から約3600トンもの米を運びこみました。
やがて県民は知事に深い信頼の気持ちを抱くようになっていきます。

 また、たびたび農村を視察した島田知事は、勝利を信じてひたすら軍に協力する住民が不憫(ふびん)でなりませんでした。
 「アメリカ軍が上陸すれば、どうなるのか…。少しでも楽しい思いをさせてやりたい」
 島田知事は酒の増配を実施し、禁じられていた村の芝居も復活させて県民を楽しませました。
 この知事のためなら死んでもかまわないと思った県民も多かったといいます。

 3月に入り空襲が始まると、県庁を首里に移転し、地下壕の中で仕事をするようになります。
壕内はかなり暑く、天井は鍾乳石がむき出しで、頭がぶつかりそうな低さでした。
職員全員が家族を疎開させ、想いを断ち切って、県民のために尽くそうとしました。
この頃には島田知事の姿勢が職員にも浸透していたのです。

 ある日、女子職員が島田知事に顔を洗うように勧めると
「お前が命懸けで汲んできた水で顔が洗えるかい」
と言い、他の職員と同じように米の研ぎ汁を浸した手拭いで顔を拭っていました。

アメリカ軍が上陸し、「ありったけの地獄を一つにまとめたような戦い」といわれた激戦が続きました。
多くの命が失われ、軍・民ともに沖縄本島南部に追い詰められていきました。
行政は無力になり、県庁も崩壊しました。

「知事さんは県民のためにもう十分働かれました。文官なんですから、最後は手を上げて、出られてもよいのではありませんか」と提案された島田知事はこう言いました。

「君、一県の長官として、僕が生きて帰れると思うかね?
 沖縄の人がどれだけ死んでいるか、君も知っているだろう」
とその責任感はまったく衰えませんでした。

 その一方で、「それにしても、僕ぐらい県民の力になれなかった県知事は、後にも先にもいないだろうなあ。これは、きっと末代までの語り草になると思うよ」と県民を守り通せなかったことで自分を責めていたといいます。

いよいよ最期の時が近づきました。
島田知事は、女子職員に「僕たちはこれから軍の壕に行く。米軍は君たちには何もしないから、最後は手を上げて出るんだぞ」と言いきかせました。
それを聞いた女子職員は、「悔しくて、悔しくてたまりませんでした」と語っています。

職員に別れを告げ、激戦の中、軍の壕を目指して出て行った島田知事は、このあと永遠に消えてしまったのです。
その遺体は、今も不明のままです。


◆-------------------
 発問4.
 島田知事の行動をどう思いましたか?
◆-------------------

○沖縄のために全力を尽くした島田さん。とても頑張っていたのに、県民の力になれなかったと言っていて、とても責任感が強いと思った。
○自分には出来ないことだけど、知事がこんな人だったら、私も付いていくと思う。
○逃げた前の知事のことを悪く言わないのはすごいなと思った。


『島田知事の最期が、戦後になってわかりました』

【資料4】--------------

昭和47年、島田知事の最期を目撃した人が名乗り出ました。当時、分隊長だった山本初雄さんです。
山本さんによると、摩文仁(まぶに)の海近くの壕で

 「島田知事は頭を奥にし、体の左側を下にしておられた。
『負傷しているんですか』ときくと、『足をやられました』と言われた。
知事さんが『兵隊さん、そこに黒砂糖がありますからお持ちなさい』と…、何も食べ物がない時ですよ。偉いと思います。
 翌日、再び壕を訪ねると亡くなったといいます。
壕に入ると、知事の膝のそばに拳銃がありました。右手から落ちたような感じで。
『ああ自決したんだなあ』と思い、合掌して壕を出ました」

 終戦から6年後の昭和26(1951)年、県民からの寄付によって、島田知事と亡くなった県職員453名の慰霊碑が、摩文仁の丘に建てられました。
その名も「島守の塔」

 島田知事が在任したのは、たった5ヶ月足らずです。しかもそれは地獄の日々でした。
しかし、「島守の塔」は今でも参拝する人々でお線香の煙が絶えることはありません。

 戦場での県民保護に全力を挙げ、43歳で摩文仁の丘に散った島田知事。
毎年6月22日には、慰霊祭が行われています。


『実は、授業の冒頭で紹介した慰霊碑の写真が「島守の塔」です。

島守の塔 大

『島田知事は誰言うともなく「沖縄の島守」と呼ばれるようになりました。
沖縄の土となって、今でも島を守ってくれている、と沖縄県民は信じているのです』

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 発問5.
 島田知事が、人に請われると好んで
 書いた字があります。
 漢字1字です。何だと思いますか。?

◆-------------------

…つづく…


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服部 剛

Author:服部 剛
授業づくりJAPAN横浜《中学》の代表・服部剛です。中学校社会科教師です。
授業づくりJAPANは、授業実践を通して「国を思い、先人に感謝し、卑怯をにくむ日本人」「日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人」を育てます。
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