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戦場の知事 島田 叡(あきら) ①

かつて、「戦場の道徳」シリーズの授業づくりに取り組んできました。
本時は、そのひとつを紹介します。
大東亜戦争末期、沖縄県知事として奮闘した島田叡を教材に、
「役割と責任」を考えさせる授業を実施しました。
(ワークプリントは最後に載せます)

道徳内容項目
「4.主として集団や社会とのかかわりに関すること (4)役割と責任」

◆-------------------
発問1
 みんな毎日、忙しく学校生活を送っていますが、
気がのらない仕事もありますか?
 「自分がなりたくてなった係じゃない」とか「何で自分が
やらなくちゃいけないの」とか…。また「こんなこと、自分
にはできそうもないよ」という仕事を任されることもあるで
しょう。
 こんな時、あなたはどうしていますか。
 その理由も答えてください。
◆-------------------

生徒の発言のあと、沖縄戦の地図を用いて戦闘の推移を解説。
次の写真を提示し、
『大東亜戦争での沖縄戦では、軍民合わせて約20万もの人が犠牲になりました。
 沖縄県の各地には写真のような慰霊碑が数多く建てられています』
といって、ある慰霊碑を紹介する。
とても大きな慰霊碑である。

島守の塔 小

資料を配布して、教師が範読します。

【資料1】----------------
 大東亜戦争(太平洋戦争)の末期、日本は戦況が悪化し、沖縄県も空襲をうけるようになりました。
 沖縄県知事の泉守紀(もりのり)氏は空襲を恐れ、あちこちに県庁を移転させたので行政が滞っていました。また、住民の疎開や食料の搬入を進める政府や軍にも非協力的でした。とうとう泉知事は出張と称して本土に出かけ、そのまま沖縄に帰ってこなかったのです。
 内務省では、後任の知事を誰にするか困ってしまいました。
 なぜなら、まもなくアメリカ軍の沖縄上陸が確実だったので、引き受ける人物がいなかったからです。
 そこに、沖縄守備軍の司令官・牛島満(みつる)中将から「ぜひ、島田叡君を」との指名がありました。

島田叡とはこんな人です。
島田知事

島田叡は兵庫県神戸市出身。内務省のエリート官僚です。
 中学から東京大学まで野球選手として活躍し、勉強とスポーツを両立させた秀才でした。
 当時43歳の島田は、大阪府に務めていました。
 島田は以前から牛島中将と親交があり、深く信頼されていたのです。
 昭和20(1945)年1月11日、府知事から呼び出された島田は、
 「沖縄県知事になってほしい」
 と要請されました。

◆-------------------
発問2.
 あなたが島田叡だったら何と答えますか?

◆-------------------

… つづく …
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服部 剛

Author:服部 剛
授業づくりJAPAN横浜《中学》の代表・服部剛です。中学校社会科教師です。
授業づくりJAPANは、授業実践を通して「国を思い、先人に感謝し、卑怯をにくむ日本人」「日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人」を育てます。
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