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聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!

聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!
文部科学省へパブリック・コメントを届けてください!
2017/02/24 (Fri) 16:30

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
http://jdjapan.blog.fc2.com/blog-entry-76.html

授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』 

 NO.82 2017/2/24
*****************************************

聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!
  
次期学習指導要領改訂案に対する緊急声明

文部科学省へパブリック・コメントを届けてください! 
   
     
     (「新しい歴史教科書をつくる会 FAX通信」より)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えるな!
次期学習指導要領改訂案に対する緊急声明
文部科学省へパブリック・コメントを届けてください!

新しい歴史教科書をつくる会は、2月14日に文部科学省から発表された次期学習指導要領改訂案に対し、21日、下記の緊急声明を発表しました。
そして同日、本声明は文部科学省が現在募集中のパブリック・コメントとして、同省に送付されました。

この案件は是が非でも阻止しなければなりません。
会員ならびに支援者の皆様には、声明についてご理解の上、文部科学省へパブリック・コメントをお送りいただきますよう、何卒、ご協力をお願いいたします(パブリックコメントへの宛先は声明の最後をご覧ください)。

なお、今回の緊急声明は、改訂案の歴史的分野で「聖徳太子」の一点について指摘しておりますが、他にも歴史・公民それぞれに、懸念される部分があります。これらにつきましては、今後内容を精査し、会として改めて問題点を指摘いたします。

             ◇

日本人の精神の支えをなす聖徳太子の名前を「厩戸王」に変えないで下さい!

-次期学習指導要領改訂案への「つくる会」のパブリック・コメント      
    平成29年2月21日
    新しい歴史教科書をつくる会

文部科学省は2月14日、次期学習指導要領の改訂案を公表しました。
その中で、小中学校の歴史教育に関し、日本国民として決して見逃すことのできない重大な記述が含まれていることがわかりました。
日本史上もっとも大切な人物として長年位置づけられてきた聖徳太子のその呼称を否定し、「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ばせるという方針が書かれています。
当会は文科省のこの改訂案に絶対反対であり、改訂案に対するパブリック・コメントとして、ここに当会の見解を発表します。

(1)改めて説明するまでもありませんが、日本史上の聖徳太子(574~622)の事績は傑出しています。
太子は冠位十二階と十七条憲法によって国家の仕組みを整備し、天皇を中心とする国づくりへ前進させました。
中国大陸との外交では、「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という文言で知られるように、中国の皇帝を中心とした華夷秩序から離脱する自立外交を展開しました。
こうして聖徳太子はその後1世紀にわたる日本の古代国家建設の大きな方向付けをしたといえます。

しかも、その影響は古代史のみにとどまりません。
明治以降発行された紙幣の人物像として最も多く登場したのは聖徳太子です。
このことが象徴するように、聖徳太子は日本人の精神の支えとなる人物であり、聖徳太子を日本史上最も重要な人物の一人と見ることは、近代日本の国民的合意でもあったのです。

(2)学習指導要領の改訂案についての文科省の説明は、
<「聖徳太子」は没後使われた呼称だが、伝記などで触れる機会が多く、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学では「厩戸王(聖徳太子)」とする>
(産経新聞2月15日付け)というものです。

中学校の場合について聖徳太子の扱いの変化を確認すると、次のようになっています。いずれも、「3 内容の取扱い」という項目で記載されているものです。(以下、引用文中の下線は引用者による)

◇現行学習指導要領(平成20年)の記述
<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、聖徳太子の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きくとらえさせるようにすること>

◇改定学習指導要領(平成29年)の記述
<「律令国家の確立に至るまでの過程」については、厩戸王(聖徳太子)の政治、大化の改新から律令国家の確立に至るまでの過程を、小学校での学習内容を活用して大きく捉えさせるようにすること>

このように、現行版と改訂案ではほぼ同文であるのに、唐突にも、「聖徳太子」だけが「厩戸王(聖徳太子)」と変えられています。

(3)なぜこのような改変がおこったのでしょうか。その根拠は、世紀のはざまに日本史学界の一部で唱えられた「聖徳太子虚構説」
と呼ばれる学説にあります。
しかし、これが学界の通説になったかといえば全くそのようなことはありません。
「聖徳太子」という呼称の初出は確かに1世紀以上後のことですが、核に当たる「聖徳」という呼称は、日本書紀以前にも存在したことが、すでに明らかにされています。
(詳細は高森明勅・つくる会理事による別稿を参照して下さい)

そもそも、死後に使われた呼称だから使えないとすれば、教科書の人名の多くを書き換えなければならなくなります。そのことを無視して、聖徳太子の呼称だけを「厩戸王」にしようとするのは、聖徳太子がまさに日本国家のアイデンティティの基礎となってきたからこそ、それを否定しようとする動機が隠されていると推測せざるを得ません。
聖徳太子虚構説が全く省みられなくなっている今日、突如として、学習指導要領によって全国の小中学生の歴史教育の現場に押しつけるとは、誠に驚くべきことと言わざるを得ません。

聖徳太子の偉業はその名前と深く結びついてきたのであり、名前の否定は人物の否定に行き着きます。もし、この度の学習指導要領の改訂で「厩戸王」を強制することに成功すれば、文科省は10年後の改訂では人物そのものを抹殺するであろうとも予想されます。

学習指導要領では、歴史教育の目標として、「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を育てる」(中学社会の場合)と書かれています。
聖徳太子を抹殺しようとする今回の改訂案は、この「目標」にも違反していると言わなければなりません。

私達の主張は以上のとおりですが、この声明をお読みいただいたあなたに訴えます。どうか、3月15日まで行われる文科省募集のパブリック・コメントに応募して下さい。
そして、<学習指導要領から日本史上の最も重要な人物である聖徳太子の名前を消さないでほしい。「厩戸王」の呼称の強制をやめ、現行の学習指導要領の記述に戻してほしい>という趣旨の明確なメッセージを届けて下さるようお願いいたします。


【パブリック・コメントの宛先】 

文科省のパブリック・コメントにネットで応募される方は、以下の<画面の意見提出フォームへ>をクリックし、ご意見を記入の上、送信して下さい。
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/02/1382218.htm
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185000878&Mode=0

*上記アドレスのページに「意見公募要領」がありますので、必ずその要領に従って意見をお送りください。
要領に沿っていない場合、無効になる恐れがあります。ご注意ください。



**********************************************

<参考>

      聖徳太子虚構説は通説ではない

      平成29年2月         理事 高森 明勅

大山誠一氏の聖徳太子虚構説(平成11年)(注1)は、学界の受け入れるところとはならなかった。私も批判の筆を執ったことがある(注2)が、文献の現状は以下の通りである。

大山説発表後刊行された関係書の書名は、吉村武彦『聖徳太子』(岩波新書、平成14年)など、「聖徳太子」の語が採用され「厩戸王(皇子)」の例はアマゾンで調べても皆無である。
同様に、『聖徳太子事典』(柏書房、平成9年)はあるが、いまだに「厩戸王事典」は存在しない。

梅村喬・神野清一編『改訂日本古代史新稿』(梓出版、平成16年)に、「聖徳太子の時代」の見出しで、「推古朝は、通説的には聖徳太子(厩戸皇子 574~622)の時代でもある」(福岡猛志執筆)とある(下線は引用者)。
森田悌『推古朝と聖徳太子』(岩田書院、平成17年)にも、「聖徳太子非実在説が説かれることがあるが・・聖徳太子が実在したことも歴史的事実」と厳しい大山説批判が展開されている。

吉川真司『飛鳥の都 シリーズ日本古代史3』(岩波新書、平成23年)は、「継体天皇」「天智天皇」などの漢風諡号で統一表記することを断った中で、(混乱を避ける為)「『厩戸王』『葛城王』でなく『聖徳太子』『中大兄皇子』と記すのも、同様の理由による」とした。もし、「厩戸王(聖徳太子)」と表記するなら、「葛城王(中大兄皇子)」と書かないと統一を欠くだろう。

現代の日本史学の標準的見解を示すとみられている『岩波講座日本歴史』シリーズ第2巻(平成26年)にも、「聖徳太子と呼ばれるようになったのは後世のこととしても、厩戸王は、後に伝説化されてしかるべき位置を生前から有していたと考えられる」と記す(川尻秋生)。
明らかに、虚構説に否定的だ。

なお、「聖徳」という諡号の初見は法起寺塔露盤銘(706年)に、「聖徳皇」とあるものだ(東野治之)。
また、播磨国風土記(713~715年)にも「聖徳王」とある(高森・上田正昭)。
「聖徳太子」の初見は懐風藻(751年)である。

以上の通りであるから、聖徳太子虚構説は、決して学界の通説とは言えないことは明らかである。

注1 大山誠一『<聖徳太子>の誕生』吉川弘文館、平成11年、ほか。
注2 高森明勅「聖徳太子をめぐる論争を手がかりに歴史への眼差しについて考える」『正論』平成16年12月号ほか。

********************************

文部科学省へのご意見はこちらへ
「小学校学習指導要領案及び中学校学習指導要領案に対する意見公募手続(パブリック・コメント)の実施について」


http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/02/1382218.htm






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自己肯定感を育てる歴史教育を進めよう!

とんでもない反日授業が公立中学校で行われていたことが発覚しました。
でも、これは氷山の一角です。
閉鎖的な学校教育の現場では、このような由々しきことが全国の至る所で行われているものと推察します。
速やかなる歴史教育の正常化が望まれます。

授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』 NO.61
2016/3/25発行
を転載します。

※※※※※※※※※※※


自己肯定感を育てる歴史教育を進めよう!
仙台市市立中学校社会科の50代の男性教諭の授業?!
   

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誇りある日本人を育てよう! 真の国際人を育てよう!

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

現在、わが国で進められている近現代史教育は大きく分けて三つあります。

A:東京裁判史観

 わが国の公式の歴史観がおおむね東京裁判(極東軍事裁判)の判決にもとづいており、教科書(自由社を除く)もその歴史観によって記述されています。
要約すると、「軍国主義日本(とナチスドイツ)が侵略戦争を始めて、世界を不幸に陥れたが、自由と民主主義の国々(連合国)が日本を倒し、再び世界に平和が回復した」というストーリーです。
これはわが国の公式史観ですので、日本の学校教育ではこの立場による歴史教育が進められているとお考えください。
ただし、この20年、様々な人々の努力で少しずつ改善されてきています。


B:共産主義史観

もうひとつは、東京裁判史観の上に共産主義のプロパガンダを上塗りした歴史教育です。
日教組の教員たち、とりわけ歴史教育者協議会(歴教協)に所属する教員たちの授業がそれです。
これは日本悪者史観をさらに極端に増幅して教え、児童生徒に祖国に対する嫌悪感を育てようとしまうします。
反日的な心、先人(英霊)を冒涜する心を育てます。
究極の成果は革命の戦士を生み出すことでありましたが、現在では近隣の反日国家・ファシズムの国の工作員を育てる教育になっています。
安倍政権の前の民主党政府が、山梨県の輿石氏を中心に日教組勢力による教育乗っ取り政策を推進しようとしていたことが知られています。


C:自由主義史観

授業づくりJAPANやに結集した教師たちの歴史教育、および、新しい教科書をつくる会の『新しい中学歴史教科書』(自由社)を採択した学校の歴史教育です(ただし採択校の授業が教科書の理念を実現しているかどうかは不明です)。
これは健康な愛国心を育てるとともに、個人の自由を尊重する寛容と自由主義の立場に立つ教育です。
東京裁判おける弁護側意見にもとづいて、自国に誇りを持たせることのできる歴史教育を進めています。
このメルマガの会員が736ですので、まだまだ極端な少数派です。
しかし、日本が共産主義やファシズムを選ばず、自由主義と立憲主義を堅持した独立を守り、2000年の歴史を未来に継承できる国民の基礎を育てることを目的に掲げています。


今回はまず、わが国の偏向教育の代表である「C:共産主義史観」教育の実例を見てみましょう。
産経新聞のニュースを引用します。

*************************

「日本兵は1000人強姦・脇腹蹴って生死判別」南京事件で不適切授業

                 2014.9.19 05:00  産経ニュース

仙台市の市立中学校で7月、社会科の50代の男性教諭が、日中戦争時に旧日本軍の南京占領下で起きたとされながら存否でも議論がある「南京事件」について、「1000人の婦人が強姦された」とする真偽不明で残虐性を強調する資料などを使って授業を行い、一部の保護者から抗議を受けていたことが18日、分かった。
学校側は「不適切な言動があった」などとして保護者に謝罪した。
市教育委員会も報告を受けており、授業内容について校長会で注意を呼びかけるという。
同校や市教委によると、男性教諭は指導歴約30年のベテランで、3年生(4クラス)の社会の授業で南京事件を紹介。
「日本兵は強姦をした」などと説明し、「死体か死んだふりかは、脇腹を蹴って判別した」などと言って教室内のごみ箱を蹴ってみせたという。
授業では資料も配られ、「南京は日本軍に占領され、恐しい事件の幕が上がった…」と記述。
米国での報道や日記などを引用し、「200人の男性が処刑されるのを目撃した」
「昨夜から今日にかけて1000人の婦人が強姦されました。ある気の毒な婦人は37回も強姦されたのです」
などと書かれていた。

***********************

共産主義史観教育の実態が垣間見えます。
12歳から14歳の少年少女にこのような教育が行われていることをしっかりと想像してください。
「ごーかんって何ですか?」という質問が出たかもしれません。
彼はどう答えたのでしょうか?
(同じように従軍慰安婦の授業も全国で行われてきました。)

彼は、ゴミ箱をシナ兵の死体に見立てて蹴って見せました。
これは、彼らの言う実感を持たせる効果的な教育技術です。
記事を読んだだけで背筋が凍るような衝撃を受けるのですから、教室でその様子を目撃し音を聞いた子供たちはどうだったのでしょうか?
想像ができません。

この授業は、おまえたちはこういう先祖(曾祖父くらい?)の血を引いているのだ!という強烈なメッセージを子供たちの心に残します。
私たちの日本はそんなひどい国だったのか!?という深刻な自己否定的学習です。


はっきり言いましょう。
これは、子供たちのやわらかい心に加えられたきわめて残酷な拷問です。
この教師はどんな処分を受けたのでしょうか?
 
************************
(記事の続き)

校長によると、男性教諭は授業内容について「戦争の悲惨さを伝えるためだった」と説明し、「不快に思った生徒がいたことは申し訳ない」と反省しているという。
校長は「PTAの会合で、不適切な言動と、普段から授業が遅れていたことについて謝罪した」と説明。
「不適切な指導があったことについては申し訳ない」と話した。.
市教委は「生徒の発達段階を考えると、教諭の言動は不適切。多面的に考察するという文部科学省の学習指導要領に照らしても、資料は中立性と公正さに欠け、別の見解も示すべきだった」としている。
問題発覚後、同校は再発防止のため、男性教諭に指導する職員を付け、授業計画を確認するなどの対策を実施しているという。

************************
 
つまり、このトンデモ教師には何の処分もありませんでした

おそらく今日も全国の日教組の教員は同じような歴史授業を繰り返しています。
何のおとがめもなく、指導教員がつくだけなのですから、確信犯の教師にとっては何も怖いものはありません。
指導教員がつく分仕事が減ってありがたいかもしれません。

この教師は授業をこう言い訳してます。
『男性教諭は授業内容について「戦争の悲惨さを伝えるためだった」と説明し』がそれです。
彼らの言い分はこういうトンデモ公式なのです。
 
戦争をなくしたい(私たちも賛成です!)
 ↓
「戦争の悲惨さ」を教える(確かに戦争は悲惨です)
 ↓
太平洋戦争の日本がいかに悪かったか、日本軍がいかに残虐だったかを教える
(これが「反戦教育・平和教育」のウソの核心です)
 ↓
ウソでもプロパガンダでも目的が正しければいいんじゃ!
(この思考法がテロまで行き着きます)


彼らは、このトンデモ公式にもとづいて、こういう授業を「反戦教育」「平和教育」と言いくるめてきました。
ほとんど病気としか言いようがありません。


彼らの言う「反戦教育」「平和教育」は、日本の児童生徒の自我形成を破壊する毒薬です
教育における残虐行為です。

生徒はこういう教育によって著しく落ち込みます。
健康な「自尊感」が損なわれます。
私の国は悪い国だった、私は悪い人間の血を引いている、日本人はアジアの
人々に謝り続けるしかない、ごめんなさい、ごめんなさい。

これが普通の生徒の反応です。
日本人として、生きる自信・生きる誇りをつぶされ、生きる意欲をなくし、学ぶ意欲もなくし、向上心もなくなります。
いじめなどの反社会的な行動もここから出てきます。

よいことは一つもありません。

まれに、こうした自虐教育を合理化できる生徒がいます。
そのための唯一の道は意識下で「日本人であることをやめる」ことです。
多くの反日的知識人がそうであるように、彼らは過去の日本とは切り離された「世界市民」になってしまいます。
そうやってごまかしてなんとか向上心を持って生きていこうとします。
しかし、より深刻な精神の病を発症するのは、こうした子供たちです。
  
しっかりとしたアイデンティティーを確立するまでは、祖国の歴史は本当のことを教え、ウソは教えず、肯定的に教えるのがよいのです。
健康な自我形成の何よりのエネルギーは、彼らの自己肯定感を支えてやることなのです。


私の生徒がこう書いています。

●先生の授業を受け続けて、私は「愛国心」というものを深く学びました。
実際私は歴史は好きでなかったし、日本はどうせ悪いことをいっぱいしてるんだなという考えで固まっていました。
一転して、日本は国民のことを第一に考えている良い国だなあと思うようになりました。
今の日本が平和な国であるのは、私たちのご先祖様たちあってのことだと考えるようになったのも、先生の授業を受けたからです。
これからも違う先生に歴史を学ぶだろうし、日本をひどく言う先生もいるでしょう。
でも、私は中学校2年間で先生に教わった愛国心を絶対に忘れません(断言!)。
私も、日本に何事か貢献できるような人間になりたいです。
*

*****************************************************

■発行者:授業づくりJAPAN(日本の誇りと歴史を伝える授業づくりの会)

■発行者のブログ:「授業づくりJAPANの日本人を育てる授業」
          http://jdjpan.blog.fc2.com/  

■発行者のMAIL: jdjapan2014@gmail.com 

■購読と購読解除はmelma!から!(http://melma.com/backnumber_00198666/)
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授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』  NO.63 2016/3/31

メルマガ「授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』」を転載します。
皇国史観の正しい理解をどうぞ。
仁徳帝の
それ天の君を立つるは、これ百姓(おおみたから)のためなり。しかれば君は百姓を以て本とす
これが「皇国史観」の基にある政治道徳思想です。
何かおかしいところがありますか?


〔以下、転載〕

授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』 
 NO.63 2016/3/31

「皇国史観とは何か」(長谷川三千子埼玉大学教授)に学んで


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  誇りある日本人を育てよう! 真の国際人を育てよう!

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
●本号は長谷川先生の論文を読み、内容を短くまとめたしたものです。

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「皇国史観とは何か」(長谷川三千子埼玉大学教授)に学んで

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皇国史観について、平凡社の世界百科事典はこう説明している。

「(1)日本は神国であり、皇祖天照大神の神勅(天壌無窮の神勅)を奉じ三種の神器を受け継いできた万世一系の天皇が統治してきたする国であるとする歴史観であり、統治の正当性と永遠性を主張・・・。」

これは正しい。それは古事記や日本書紀にもとづいている。
 しかし、事典は最後の方でこう書く。

「・・・この史観は大東亜共栄圏の建設の名の下に、国民を大規模な侵略戦争に駆り立てるうえで大きな役割を果たした」

おそらくほとんどの教師がこの考え方を無意識のうちに受け入れていることだろう。
だから、日本が神国であることも、天皇の国であることも教えようとせず、無視し、避けて通っている。


「日本は神国であり万世一系の天皇が統治してきた(という史観)」が「国民を侵略戦争に駆り立てた」という等式は、まずGHQが書き、日本の学者が書き、マスコミも書き、日本の教育に定着した。
同じことを角川の日本史事典は「大義名分論と国粋主義・排外主義により構成された歴史観。近代史において専制支配と海外侵略を合理化・肯定する主張を行う」と書く。




三種の神器を継承する天皇の統治と侵略戦争が必然的につながっているという事実は、2000年の歴史にまったくない。
日本の戦争の経験は白村江の戦い、明の攻略をめざした戦い、そして近現代の戦いしかなく、長い歴史の中で例外的に戦争をしなかった国だ。
しかも、3つとも「侵略戦争」ではない

皇国史観は北畠親房の神皇正統記に始まる。
古事記・日本書紀の思想がこのとき確立した。
北畠によれば、三種の神器は「知恵の本源」である剣、「正直の本源」である鏡、「慈悲の本源」である玉であり、天皇の統治を象徴する三種は徹底した「徳治主義」を表している。




たしかに、皇国史観は大東亜戦争のスローガンになった。
祖国の危機に際して、全国民を鼓舞し団結させ、祖国を守るために死をも恐れぬ勇気の源になった。その思想が国民有事の支えになるだけのパワーになったことは間違いない。

だが、ある思想が戦争スローガンとして使われたからといって、直ちにその思想の善悪や価値を評価することはできない。その知性や暴力性を結論づけることはできない。

ではなぜ皇国史観が悪にされているのか。
それは日本が戦争に負けたからである。


では連合国の戦争スローガンは何だったのか。
それは民主主義だった。
かつてはキリスト教の大義がヨーロッパの戦争スローガンだったが、アメリカの独立戦争・フランス革命・第一次世界大戦・第二次世界大戦と「民主主義」が戦争のスローガンになった。

「民主主義」は、誰も欲しない戦争であっても、国民を戦争に駆り立て、むごたらしい死に追いやる大きな役割を果たした。

そして「民主主義」の戦争は「皇国史観」の戦争に勝った。
 「民主主義」が危険な思想にならず、輝かしい思想になったのは、戦争に勝って世界を支配したからである。




「皇国史観」という言葉は江戸時代からあったが、戦争のスローガンになったのはシナ事変が始まった昭和10年頃からだった。
それは非常時用の言葉としてよみがえった。
戦争スローガンになると言葉は単純化されいささか歪む。

本来の「皇国史観」は後期水戸学(藤田東湖など)に立ち戻るのがわかりやすい。
神皇正統記の政治道徳思想を実践的なわかりやすい姿で日本人に説いたのは彼らだった。
とりわけ藤田東湖『弘道館記述義』は、古事記・日本書紀にもとづく日本の政治道徳思想をわかりやすくまとめたものだ。

それは本当は本居宣長らの国学の役割だったのかもしれないが、国学はあくまで文学と言語学を二本柱にして「日本の心」のはたらきを精妙に探求し続け、政治道徳思想のほうまでは踏み込まなかったからだ。




平凡社の百科事典は「皇国史観」は「天皇の神性と統治の正当性・永遠性を主張」したにすぎないという。
しかし、藤田東湖の思想は単純な「神権思想」ではない。
それは徹底した「徳治」の継承だった。
 
天皇は代々その明徳を受け継ぎ、遠く異国もわが徳の慕うというようにならなければならないと、東湖はいう。

明徳とは何か。

それは「蒼生安寧」をはかることである。

 「蒼生安寧」とは何か。藤田東湖は次のようにいう。

           *

天照大神が農業と養蚕の道をひらいて、民を飢えと寒さから救われた。
これを始めとして、代々の神々、天皇は、病気治療法を定め、植林を行い、公平な裁判制度をしき、国防につとめ、治水事業や飢饉への備えに尽力されてきた。
これらはすべて「蒼生安寧」という大目的のために行われてきた。
わが国では、政治の目的は人民の福祉にある。これがわが政治道徳の根幹であることは、天皇が人民を「おおみたから」と呼び習わしておられた伝統に現れている。

           *

東湖は日本の特色を
「宝祖無窮」
「国体尊厳」
「蛮夷戎狄率服」
「蒼生安寧」

の4つとし、すべては蒼生安寧(人民の福祉のための政治)を起点として一つに結びつくという。
蒼生安寧の政治道徳を貫いてきたからこそ、万世一系の天皇は続き、天皇を中心に国は一つにまとまり、そのすばらしさに外国人もすすんで従うのである。
この思想の核心を逃してしまったら「皇国史観」はありえない。




仁徳紀に三年間課役を廃されたエピソードがある。
そのため宮殿がぼろぼろになって雨漏りもする始末となり、お后が陛下に
訴えた。すると仁徳天皇はこう答えた。
「それ天の君を立つるは、これ百姓(おおみたから)のためなり。しかれば君は百姓を以て本とす」

これが「皇国史観」の基にある政治道徳思想だ。
だからこそわが国民は臣民として、古来忠孝の美徳をもって天皇に仕え国運の発展に努めてきた。
それを抜きにして、いきなり「忠孝の美徳」「臣民の道」を言えば、それは専制支配の合理化に過ぎない。


ところが、平凡社の百科事典はこうも言っている。

「こうした国柄の精華は全世界にあまねく及ぼさなければならない(八紘一宇)・・・とされ・・・国民を大規模な戦争に駆り立てるうえで大きな役割を果たした」 

蒼生安寧の思想を広め世界が一つの家族のようにむつむみあうようにしようというのが「八紘一宇」であり、 それは福祉と平和の思想であった。

それを単に天皇の支配を正当化するイデオロギーだと考えてしまうから、角川の日本史事典のように「専制支配と海外侵略を合理化する主張」になってしまうのだ。




 
最後に後期水戸学の「尊皇攘夷」を見ておこう。
大東亜戦争は後期水戸学の攘夷の実践だったではないかという考えもあるからだ。
まさに、後期水戸学は腰抜け平和主義ではない。
「尚武」を日本の大切な伝統として掲げ、尚武と「仁徳」が矛盾せずに行われるのが日本の政治的伝統の基本だと言っている。




攘夷は侵略戦争ではない。
当時世界侵略をやっていたのは欧米列強である。
弱いものいじめの戦争が侵略戦争だ。
攘夷はそういう邪悪な力の侵入に対しこれを追い払う戦いのことを言う。
皇国史観の「尚武」独立・自衛の戦いである。話が真反対だ。


日本が西洋の進入を嫌ったのは彼らが日本の独立を脅かしたからだが、それだけではない。西洋の宗教や政治思想のうちに、わが国本来の徳治主義に激しく対立するものを直感していたからである。

・唯一の絶対者が世界を創造し支配するという信仰は、わが神道+仏教の寛容を認めない。

・力と力のぶつかり合いを基本原理とする「国際社会」は、蒼生安寧・八紘一宇とは相容れない。

西郷隆盛は彼らを文明ではなく「野蛮」とよんだ。
だから幕末の「攘夷」はわが文明を守りたいという痛切な願いに発している。
しかし、この攘夷は不可能だった。
いったんかれらの「野蛮」を受け入れ、彼らの「国際社会」で独立し、対等に交際できなければ、委細が失われたからである。

そうして、日清・日露・第一次世界大戦を戦った日本は、やがて彼らの悪意に包囲されていく。
スターリン・ルーズベルト・チャーチルは日本の文明を押しつぶそうとした。
蒋介石はもともと彼らの「野蛮」がわがことだったから、彼らと手を結んだ。

したがって、大東亜戦争は「日本文明が平和を求めるが故に戦わざるを得なくなった痛恨事」だったのだ。

開戦の証書を見ればわかる。

「・・・列国との厚誼を篤くし、万邦共栄の楽をともにするのは、日本が国交の要義とするところである。いまや不幸にして米英両国と戦端を開くことになったのは、まことにやむをえないことであり、私の志にかなうものではなかった」

こんな悲痛な開戦宣言は歴史上あり得ない。
彼らにはそれがわからない。これは自己弁護でも正当化でもないのである。


わが政治道徳の理想と世界の現実との相克を悲痛な思いで見つめている言葉です。
日本近代が背負わされた課題の重さと辛さがこめられている言葉です。
当時の日本人はみなそれがわかっていた。 
 



ただし、こういうことはあった。
皇国史観が戦争スローガンとして叫ばた短い期間のことだが、そこには大雑把で荒っぽい様相がないわけではなかった。

天皇陛下に命を捧げればよいのだ!
つべこべ理屈を言うな、この非国民め!
腐りきった性根をたたき直すにはこの精神棒を食らわすしかない!

しかし、こうした悲壮な記憶だけで「皇国史観」を葬り去ってはならない。
日本の現在と未来を考えるためには欠かせない大切な言葉である。


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授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』  NO.59 2016/3/14

メルマガ「授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』」を転載します。
前回の続編です。
学者先生たちは、国旗国歌の意義を教えられないまま社会人になってしまう学生さんがどれだけ不幸なのか、考えた方がいいですね。


カズ「自分の国の国旗や国歌に敬意を表さない人が、他国に対して敬意を表する事ができますか」

〔以下、転載〕
授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』
 NO.59 2016/3/14
続・国立大学の儀式で国旗掲揚・国歌斉唱がない日本
   

⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*
 
    誇りある日本人を育てよう! 真の国際人を育てよう!

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●服部本は本屋にご注文ください。齋藤本は本メルマガにお便りください。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

●本号は前号の続きです。

●前号について京都の読者から、
「防衛大学、防衛医科大学、自治医科大学は入っていませんが?」という重要なご指摘をいただきました。
私もわかりませんでしたのでちょっと調べてみました。
次のようなことがわかりましたので紹介します。

●それらは文部省以外の省庁が管轄しているので法令上「国立大学」には含まれず、省庁大学校とよばれています(自治医大は私立でした)。
学校教育を行い学士号・修士号は出ますから実質的には「大学」ですが、「学校」「大学」という言葉は「学校教育法」など文科省の管轄についてだけ使われています。

●省庁大学校は全部で16校ありました。また規定する法律は次のとおりです。

*防衛大学校   : 防衛省設置法第15条
*防衛医科大学校 : 防衛省設置法第16条
*水産大学校   : 独立行政法人水産大学校法
*海上保安大学校 : 国土交通省組織令第254条
*気象大学校   : 国土交通省組織令第234条
*職業能力開発総合大学校 : 職業能力開発促進法第27条
*国立看護大学校 : 高度専門医療に関する研究等を行う国立研究開発法人に
              関する法律第16条
*警察大学校   : 警察法第27条
*税務大学校   : 財務省組織令第95条
*航空大学校   : 独立行政法人航空大学校法
*航空保安大学校 : 国土交通省組織令第191条
*職業能力開発大学校 : 職業能力開発促進法第15条の6第3項
*職業能力開発短期大学校 : 職業能力開発促進法第15条の6第2項
*国土交通大学校 : 国土交通省組織令第191条
*自治大学校   : 総務省組織令第126条
*消防大学校   : 総務省組織令第152条

●これらの大学校は、おそらく儀式で国旗掲揚・国歌斉唱を行っていることは間違いないと思いますが、時間ができたら調べてみようと思っています。

●本号は前号に引き続き、当時のマスコミの社説を検討してみます。

---------------------

 【マスコミはどう主張しているでしょう】

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《朝日新聞》
安倍首相の答弁を、国家による「不当な介入」と批判したのが朝日新聞でした。
大学は、「政府の意向や社会の価値観など一切に縛られ」ない機関だと述べています。
(朝日新聞 社説 「国旗国歌 大学への不当な介入だ」 2015/04/11)

●大学の自治・学問の自由は、公共の福祉に反しない限り、国家反逆行為にならない限り、大切な権利です。
しかし国旗・国歌は政府の象徴ではありません。
国家(国民共同体)の象徴です。

大学は国家国民に貢献できる有為な人材を育てる教育機関でもあるのですから、入学生や卒業生に、人生の区切りとなる式典において、大学における学びの原点を自覚することは、大切な教育内容であると思われます。

●また、「社会の価値観などに一切縛られない」とはどういうことなのでしょうか。
国民や人類の道徳観や倫理観に反することを進んでやるべきだと主張しているようで不気味です。
本音は「反日」「反国家」「反国民」にあるのを押し隠して、「大学の自治」や「学問の自由」を口実にしているだけのようです。
肝心なのは、国旗掲揚・国歌斉唱は国際社会の常識であるのに、あえてそれをやらない積極的な理由を説明させなければなりません。

《毎日新聞》
毎日新聞も、「国立大は、政府の一律的な見解や制度に服すための機関ではない。何の分野にせよ、税金が使われているのだから従うべきだという発想は、状況を息苦しいものにし、活気ある自主性を損ねかねない。」として、国旗・国歌を要請すべきではないと書いた。
(毎日新聞 社説 「国旗国歌の要請 大学の判断に任せては」 2015/04/11

●もちろん大学が「政府の一律的な見解や制度に服すための機関ではない」ことなど当たり前です。
「国家国民のために貢献する教育研究機関」でしょう。
それが、政府が要請せざるを得ないくらい異常事態であることが問題になっているのです。
国旗を掲揚し国家を斉唱することは「日本人であることに誇りを持ち、国家国民のために尽くそう」という心の表現なのですから。

《東京新聞》
東京新聞も、「大学の自治は、憲法が定める学問の自由を守る砦(とりで)である。
教育研究はもちろん、人事や予算、施設管理といった学内の運営に対する外野からの干渉は許されない。」と書き、今上陛下のお言葉を引用しました。
 *
東京都教育委員だった棋士の故米長邦雄氏が
「日本中の学校で国旗を揚げ、国歌を斉唱させるのが、私の仕事です」
と語ると、天皇陛下は
「やはり強制になるということでないことが望ましいと思います」
と返されたのだった。
 *
(東京新聞 社説 「大学と国旗国歌 自主自律の気概こそ」 2015/04/17)

陛下のお言葉を曲解して詭弁を弄しています。
天皇陛下はこんな肝心要を強制してやらせるようではだめですよ、という本質を仰られている

と、私は受け止めています。
国旗掲揚・国歌斉唱が当たり前になるように、(強制などせずにすむように)平生の教育をしっかりやりなさいということです。
まさに、戦後75年間で、これほど根本的なことを教育委員会や政府が要請するような事態になってしまったことを悲しんでおられるのです。
幼稚園・小学校からの教育を正常化して、良識ある国民でなければ教員にはなれない、小中高大学の指導者になれないような日が来れば、問題は自ずと解決します。
まさにそれは「強制する」ようなことではないのです。

《読売新聞》
これらに対して、読売新聞は、
「国旗・国歌が国民の間で広く定着している状況を考えれば、式典で掲揚や斉唱を促すのは妥当」だと次のように主張しました。
・「疑問なのは、今回の要請方針に対し、「大学の自治を脅かしかねない」といった批判が出ていることだ。
強制力のない「お願い」によって簡単に揺らぐほど、大学の自治はもろいのだろうか。
・要請をきっかけにして、大学における自由な研究活動が妨げられるとも思われない。
・国立大学の運営が税金で賄われていると指摘し、適切な対応を求めた首相の発言をとらえ、大学への圧力と受け止める声が上がっているのも理解に苦しむ。
・「国旗を掲揚しなければ、国からの交付金が減らされるかもしれない」と大学が萎縮することを心配しているようだ。
だが、予算配分は大学の規模や機能強化の取り組みに応じて決められる。
国旗・国歌の扱いとは無関係である。
・自国や他国の国旗・国歌に敬意を表すのは、国際社会における常識であり、当然のマナーだ。
・政府がそうした教育を求めるたびに、あたかも統制強化のごとくとらえる議論が起きるのは、世界でも日本だけだろう。
・国際常識を身に付けた人材を育成する観点からも、各国立大学の良識に期待したい。
(読売新聞 社説 「大学の国旗国歌 要請で自治が脅かされるのか」 2015/04/16)

●国際社会のマナーを身につけさせなければ大学とはいえませんというまっとうな意見ですね。
自治・自由が口実に過ぎないことも指摘できています。

《産経新聞》
また産経新聞は、
「国旗と国歌に敬意を払う教育がなぜいけないのか。それを妨げる方が問題である」とし、
「大学の自治を損なうものでもない」と次のように述べています。
大学人にあえて言うまでもないことだが、国旗と国歌はいずれの国でもその国の象徴として大切にされ、互いに尊重し合うことが常識だ。小学校の学習指導要領解説書にも書かれている。
・人生の節目の行事で国旗を掲揚し、国歌を斉唱することは自然であり、法的根拠を求めるまでもない。
まして「大学の自治」を損なうものでもない。
・実施できないのは、国旗国歌に背を向ける一部教職員らの反発が根強いからだろう。
学長の判断で適切に行ってもらいたい。
・小中高校での国旗掲揚、国歌斉唱をめぐっては反対する教職員との板挟みで平成11年に広島県の高校校長が自殺する痛ましい事件が起きた。
これをきっかけに国旗を日の丸、国歌を君が代と規定した国旗国歌法が制定された。
国旗国歌に敬意を払う国際的な礼儀に背を向け「強制」と批判することこそ恥ずかしい。
国歌の斉唱時にあえて起立せず式を混乱させる教員が相変わらずいる。
自然に敬うことを妨げる動きがあるから東京都などで教職員に起立斉唱する職務命令が出されている。

祝日に国旗を掲げる家庭も少なくなっている。
普段から国旗と国歌を敬う教育を大切にしたい。

(産経新聞 主張 「国旗国歌 背向ける方が恥ずかしい」 2015/04/14)


●産経だけが、なぜこういう異常事態が続いているのかという原因を示しました。
こういう反日勢力に日本の国立大学の80%が支配されてしまっているからこんな異常事態になるわけです
またそうとは知らず、国旗・国歌に否定的な感情を持ってしまっている国民がいまも多数いることが背景にあります。
大学だけではなく、義務教育学校においても教職員の多くにこの否定的な感情が残っていることは事実です。

●そのため、私どもは全国の小中高校の先生方に、
「教室に国旗・国歌を掲げよう!」と呼びかけています。

結局は、祖国をどう教えるか、祖国の歴史をどう教えるか、祖国の戦争をどう教えるか、天皇陛下をどう教えるかという、日本の教育の原点にかえってきます。

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授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』  NO.58 2016/3/10

メルマガ「授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』」を転載します。
国のお金で禄を食んでおりながら、国旗国歌を実施しないとは、どんだけ恥知らずなのか。
最高学府の国立大というんだから、教授っていう大先生たちの頭の中はわかりませぬ。
もしかするとバカなのかも(失礼)。
改革させねばなりませんね。人を教え導く職業にふさわしい道徳観を持ってもらいましょう。

「日の丸」掲揚

〔以下、転載〕

授業づくりJAPANの『日本人を育てる授業』
NO.58 2016/3/10

国立大学の儀式で国旗掲揚がなく、国歌斉唱もない日本
 
⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*
 
    誇りある日本人を育てよう! 真の国際人を育てよう!

⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*

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●服部本は本屋にご注文ください。齋藤本はメルマガにお便りください。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝日新聞は2月21日こう報じました。

馳浩文部科学相は21日、金沢市で記者団に、岐阜大学の森脇久隆学長が卒業式などで国歌「君が代」を斉唱しない方針を示したことについて、「国立大として運営費交付金が投入されている中であえてそういう表現をすることは、私の感覚からするとちょっと恥ずかしい」と述べた。

卒業式や入学式での国歌斉唱は昨年6月、当時の下村博文・文科相が全国の国立大学長らに要請していた。
岐阜大は前身の旧制学校の校歌を式で斉唱しており、森脇学長は今月17日の定例記者会見の質疑で、これまで通りの方針で臨む考えを示していた。

馳氏は21日、金沢市内での講演で「岐阜大学の学長が国歌を斉唱しないと記者会見した」と指摘。
その後、記者団に「(下村氏の要請は)大学の自主的な活動についてああしろ、こうしろと言うものでもない。
学長が(斉唱しないことに)言及することはちょっと恥ずかしい」と語った。
(岐阜大が国歌斉唱しない方針 馳文科相「恥ずかしい」2016年2月21日)


●これは昨年6月に下村門下大臣が各大学に「お願い」したことからきています。メルマガ本号は、大学の国旗国歌問題を取り上げます。

【事実の経過】
 昨年平成27年4月、参議院予算委員会の集中質疑で、国立大学は入学式や卒業式で国旗掲揚・国歌斉唱を行っていないところがいくつもあることがわかりました。
次世代の党(現・日本の心を大切にする党)松沢議員の質問に、下村文科大臣は、「国立大学設置者として適切な対応が取られるよう要請していきたい」との答弁しました。

文科省資料によれば、具体的には次の通りです。

●では実際はどうなのでしょうか。文科省の調査を以下にお伝えします。

【国立大学における卒業式・入学式の国旗の掲揚及び国歌の斉唱状況】

○国旗を掲揚したのは86大学中74大学ありました。
まずまずでしょうか。

■念のため、国旗を掲揚しなかった残念な12大学をお教えしておきます。

・弘前大学
・宮城教育大学
・福島大学
・東京大学
横浜国立大学 (←地元の恥 …服部)
・信州大学
・名古屋大学
・愛知教育大学
・京都大学
・和歌山大学
・九州大学
・琉球大学

○残念なことに、国旗掲揚と国歌斉唱の両方を行ったのは以下の15大学にすぎませんでした。お教えします。

・茨城大学
・千葉大学
・新潟大学
・長岡技術科学大学
・上越教育大学
・富山大学
・浜松医科大学
・大阪教育大学
・岡山大学
・広島大学
・福岡教育大学
・熊本大学
・大分大学
・鹿屋体育大学
・奈良先端科学技術大学院大学

●86大学のうちこの件でまともなのはたった15大学でした。
国際常識にかなっていますね。
国際人を排出するためにも、祖国への誇りを大切にしてほしいものです。
ただし、「やった」というだけでは教育の内実はわかりませんので、国民として見守って参りましょう。

■国歌を斉唱しなかった大学がなんと71大学もありました。

●たしかに思想信条の自由・学問の自由・表現の自由は大切な国民の権利です。
どの国にも祖国が大嫌いな国民、祖国に反抗したい国民はいるでしょう。
しかし、全国86大学のうち、祖国を愛し、祖国に正しい敬意を払う国立大学が15/86、つまり17%というのはあまりにも異常なことではないでしょうか?
国立大学のうち83%が、健康な祖国愛や祖国を守り建設してきた先人への敬意を教育の内容として無視していると考えられるからです。


授業づくりJAPANは、国立大学とは国民の税金で国家に貢献する学問研究を進め、祖国に貢献する有為な人材を育成する期間だと考えてきましたが、現実はまったくそうではないことがわかりました。


【安倍首相のお考えはどうでしょうか?】
安倍晋三首相は、この件について、「国立大学の入学式や卒業式で国旗掲揚と国歌斉唱を行うことが望ましい」との認識を示しました。
これは上記の、 次世代の党松沢成文氏からの「ほとんどの国立大学で国歌斉唱を実施せず、国旗を掲揚しない大学も12から13ある」という指摘に対して答えたものです。
安倍首相は、「学習指導要領がある中学、高校では実施されている。(国立大でも)改正教育基本法の方針にのっとって正しく実施されるべきではないか」と述べました。
改正教育基本法は、2006年12月に第1次安倍内閣の下で成立し、旧法にうたわれた「個人の尊厳」を継承しながらも、教育の目標に「国と郷土を愛する態度を養う」という愛国心や、「公共の精神」という規範意識が盛り込まれたものです。

●安倍首相は授業づくりJAPANと同様のお考えのようです。
まずは一安心ですね。

(つづく:次号は新聞各社の社説を取り上げます)

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プロフィール

服部 剛

Author:服部 剛
授業づくりJAPAN横浜《中学》の代表・服部剛です。中学校社会科教師です。
授業づくりJAPANは、授業実践を通して「国を思い、先人に感謝し、卑怯をにくむ日本人」「日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人」を育てます。
横浜・神奈川の志ある先生の参加をお待ちしています!
メルマガを購読すれば会員になれます(登録は下のリンクから)。
個人的な連絡はコメントからどうぞ。

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