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月刊「致知」3月号に載りました!

月刊「致知」2016年3月号で、小生の取り組みを紹介していただきました。
特集「願いに生きる」で、道徳授業に関するインタビューです。


月刊「致知」2016年3月号chichi_hyousi_12


異端扱いでしたが、拙著の発売以来、少しずつ認知されて参りました。
これも皆様のおかげです。

「致知」は人間学を追究する優れた雑誌です。
寄稿されている執筆陣もそうそうたる方々です。
たいへん勉強になりますので、己を高めたい方、ぜひ購読してください。


「致知」HP
http://www.chichi.co.jp/

月刊「致知」の定期購読はこちら
http://www.chichi.co.jp/koudoku

致知インタビューjpg

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道徳「日本を愛したジャズドラマー」

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           よろしくお願いします。
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4-(3)「公平・公正~差別や偏見のない社会」

しばらく記事の更新ができませんでした。年度当初は忙しいです。
今日は道徳で、「人種平等」をテーマにしたものです。
ミニ道徳です。

《日本を愛したジャズドラマー アート・ブレーキー 》
                           (アメリカ・1919~1990)

【発問1】 この人は誰ですか。

Art_Blakey.png

〔答え〕 アート・ブレーキーさん

【発問2】 何をする人ですか。 
〔答え〕  ジャズドラマー

【発問3】 あなたが他人に接するとき…、
①心がけていることは何ですか。
②それはなぜですか。何のためですか。
率直にどうぞ。

『資料を読みましょう』

【資料】「ナイアガラ・ロール」

アート・ブレーキーさんは、“モダン・ジャズのハート・ビート(鼓動)”と呼ばれたジャズ・ドラムの大御所中の大御所のドラマーです。
「ナイアガラ・ロール」との異名を取ったドラムの連打を武器に、ジャズ界を席巻しました。

彼は多くのドラマーに影響を与えると同時に、彼がリーダーとなった「ジャズ・メッセンジャーズ」は、1955年の結成からブレイキーが世を去る90年まで、常にジャズのトップグループとして君臨ました。
そんな彼は、昭和36年(1961)の初来日以降、亡くなる直前まで数え切れないほど日本に来ており、夏の「フェスティバルの顔」でした。
彼のアルバムや楽曲には、「雨月」「京都」「銀座」といった日本語をタイトルにしたものがいくつかあります。
この背景には、昭和36年の初来日の時に「ある出来事」があったからです。

この年の元旦、夜の10時。
アート・ブレーキー率いるジャズ・メッセンジャーズのメンバーを乗せた飛行機が羽田空港に降り立ちました。
機内から外へ出たブレーキーさんが見たものは、花束を持ち、こちらに向かって熱狂的に手を振っている無数の若者たちの姿でした。
ブレーキーさんたちは、
「有名人でも乗っているのか?」と
思っていました。

しかし、この若者たちは自分らの来日を歓迎するファンだと知った時、彼の目から大粒の涙があふれだしました。
なぜでしょうか?


当時、ブレーキーさんはアメリカでもジャズ界のスーパースターでした。
しかし、彼は黒人です。
人種差別が根強く残っていたアメリカでは、当然のように差別されていたのです。
だから、日本の若者たちの熱烈な歓迎が信じられなかったのです。
タラップを降りると、ファンからの花束に埋もれ、スピーチを求められましたが、彼らは涙が止らなくてとてもそれどころではありませんでした。

さらに、ブレーキーさんを驚かせることがありした。
一人の若者が彼に近づいてこう言ったのです。
「ミスターブレーキー、お願いがあります。僕と一緒に記念写真を撮ってください」
彼は思わずこう言いました。
「オレは黒人だぞ。一緒に写真に収まってもいいのか?」
この時、ブレーキーさんは知ったのでした。
「この国の人たちは黒人を差別しない」と。


同じ人間を「肌が黒い」というだけで蔑(さげす)むような考えを持つ者など、この国には一人もいない。
この国の人たちは、本当に自分たちの演奏を聴きたがっている。
この国の人たちは、自分たちの演奏が大好きで、心から自分たちをリスペクト(尊敬)してくれる。
国籍も人種もまったく違う日本人がただただ自分たちの音楽を賞賛してくれている…。


出迎えた日本人にとって、アート・ブレーキーはジャズのスーパースターです。
純粋に彼を尊敬し、日本に来てくれたことに感謝し、歓迎しただけのことでした。
日本人にしてみたら、ごく当たり前ことです。
この当たり前のことが、黒人のブレーキーさんにとって涙が出るほど嬉しいことだったです。

そして、帰国する時に彼はこう述べました。

「私は今まで世界を旅してきたが、日本ほど私の心に強い印象を残してくれた国はない。
それは演奏を聴く態度はもちろん、何よりも嬉しいのは、アフリカを除いて、世界中で日本だけが我々を人として歓迎してくれたことだ。
ヒューマンビーイングとして!」


八百万(やおよろず)の神様のいる国、縄文の昔から大陸や海からやって来た人・物・文化を取り入れて共生してきた国だからこそ、我が国では肌の色や人種で差別するなどという意識は恥ずべきことでした。
ごく普通の当り前の事を当たり前のようにするのが日本なのです。

こうして、大の親日家になったブレイキーは、その後、日本女性を妻に迎えました。
息子に日本名をつけ、毎年のように来日して、本物のジャズを日本のファンに披露し続けたのです。

《資料おわり》

【発問4】 
資料を読んで、感じたことや感心したことはなんですか。
また、今の自分の考えに照らしてどうですか。


『どんな人に対しても公平に接するということは、素晴らしいことです。
日本は、そういうことが当たり前の社会であったし、それがカッコいい生き方でもあります。
クラスや学年、先輩の中には、弱い立場の人に対して、乱暴な態度や口の利き方をしている人がいるでしょう。
それはカッコわるい生き方だし、自分の価値を下げています。

振り返って、自分は人によって態度を変えていないでしょうか…。
大切なことです。よくよく考えてください』


などという話をします。

アート・ブレーキー

《授業おわり》

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道徳 『心を整える』長谷部誠

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授業づくりJAPANが公開する授業案はご自由に追試してください。ただし、授業実践論文やレポートなどで公開される場合は、一言、「この授業は、授業づくりJAPANの○○氏の実践である」とお断りください。
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道徳1-(1)心を鎮める・自省の心

長谷部誠『心を整える』
勝利をたぐり寄せるための56の習慣
 から
 

《授業開始》--------------------

●まず、長谷部誠さんの写真を見せます。

91-aa長谷部誠

【発問1】--------------
このひとは誰ですか?
------------------


【答え】長谷部誠

『長谷部選手は、ドイツのヴォルフブルクで活躍するサッカー選手です。
2010年の南アフリカ・ワールドカップでは、ゲームキャプテンとしてベスト16、2011年のアジアカップではキャプテンとして、優勝に貢献しました。
長谷部選手は特に特徴がある選手ではありません。
特別に優れた技術やセンスを持つわけでもないそうです。
しかし、彼は日本でもドイツでも、常に監督やチームメイトに信頼され、良い結果を出してきました。
彼が活躍できる秘密は何でしょうか。
今日は、長谷部選手が著した『心を整える?勝利をたぐり寄せるための56の習慣』を紹介します。

【発問2】-------------------------
あなたが「心を整える」ための良いと思っていることは何ですか?
-----------------------------

【生徒の答え】
・寝る。
・音楽を聴く。
・ピアノを弾く。
・1人になってよく考える。
・自分の好きなことを好きなだけやる。
・深呼吸をする。
・ぼうーっとする。
・飲み物を飲む。
・黙想する。
・お風呂に入る。
・よく食べる。

『長谷部さんの本から、心の整え方を学びましょう』

【道徳資料】長谷部誠著『心を整える』から **************

長谷部選手は自分の「心」をとても大切にしています。
「心を強くする」というよりも「心を調整する」ことを意識するようにしています。
常に安定した心で備えることで、試合で良いパフォーマンスができるようにするのだそうです。

調整は、生活のリズム、睡眠、食事、練習などすべてに及びます。
友達と遊んでいれば時間はあっという間にたってしまいますし、インターネットやゲームを夜遅くまでやってしまうと心のバランスはすぐに崩れてしまいます。
長谷部選手の真面目さは、「プロフェッショナルとは、どのようなものか」を教えてくれます。
以下に、抜粋して紹介します。

******************************************************

【1】意識して「心を鎮める時間」をつくる

南アフリカ・ワールドカップの期間中、長谷部選手が滞在していたホテルには、選手のリフレッシュ用に卓球・ダーツ・テレビゲームなどが用意されていました。
しかし、長谷部選手は、どの遊びも利用しませんでした。
なぜなら、1日の最後に30分間の「心を鎮める時間」がほしかったからです。
チームメイトに「つき合いが悪いよ」と言われても、この心を鎮める時間だけは譲れませんでした。
長谷部選手は部屋に戻り、電気をつけたままベッドに横になります。
音楽もテレビも消します。
目を開けたまま、天井を見つめ、息を整えながら全身の力を抜いていきます。
ひたすらボーッとしていてもいいし、頭に浮かんだことについて考えてもいいのです。
大事なのはザワザワした心を少しずつ沈静化させていくことなのです。
長谷部誠選手は、1日30分の心を鎮める時間をとるようにしたことで、どんな迷いをかかえても、翌日は平常心で部屋を出ることができるようになったそうです。

【2】整理整頓は心の掃除に通じる

「整理整頓は、人生の半分である」
これはドイツのことわざです。
整理整頓は人生の半分といえるくらい大事なのだよ、ということなのですが、日頃から整理整頓を心がけていれば、生活や仕事に「規律」と「秩序」をもたらすという意味です。
試合に負けた次の日は、何もしたくなくて部屋が散らかることが多いそうです。
しかし、長谷部選手は、そういうときこそ整理整頓を心がけます。
こうして、心の中もいっしょに掃除するのだそうです。

【3】マイナス発言は自分を後退させる
サッカーはいろいろな要素が組み合わされて結果が出ます。
そこで、ミスを人のせいにすることがよくあります。
他の集団競技にも当てはまりますね。
しかし、愚痴は負の言葉です。
負の言葉は、現状をとらえる力を鈍らせてしまいます。
その上、自分で自分の心を乱してしまうのです。

心を正しく整えるために、愚痴はまったく必要ありません。

【4】孤独に浸かる

「自分にとって本当に大切なものは何なのか。
自分と向き合う時間を作るのに『ひとり温泉』はうってつけだ」と長谷部選手は言っています。
私たちはそうそう温泉には行けませんが、日常生活の中で、意識して「孤独」な時間を持つことで自分に向き合ってみましょう。
長谷部選手は、イギリスの文豪トーマス・カーライルのこんな言葉を紹介しています。
「ハチは暗闇でなければ蜜をつくらぬ。脳は沈黙でなければ思想を生ぜぬ」

【5】読書は自分の考えを進化させてくれる

長谷部選手は次のように読書の効能を説いています。
「読書は人前で発言する機会が多いプロサッカー選手にとって、言葉のセンスを磨くうえでも大事かもしれない」
長谷部選手のものすごい読書量は有名です。
言葉のセンスだけではなく、彼の哲学も読書に支えられていることは間違いありません。

【6】遅刻が努力を無駄にする

「子供のときから現在まで、サッカーに関してボクだけの集合時間がある。
常に1時間前に着くようにしている。
レアルマドリードのジョゼ・モウリーニョ監督は遅刻にすごく厳しい監督で、シーズン前の合宿で、ある選手が寝坊したとき、バスに乗せずに練習に参加させなかったそうだ」

時間を守れるかどうかは、日常の「覚悟」の問題だと思います。
覚悟のない人と真剣勝負はできませんね。

【7】人間は変われる

「僕はサッカーを通じて、いろいろな経験をさせてもらった。
いま自分が言えるのは、挑戦し続け、その場その場で全力でもがき続けると、人間は変われるということだ」

その時その時に、自分に与えられたステージで懸命に努力すること。
地道に努力し、これを続けることで、着実に人間は成長し、変わっていけるのだそうです。

【8】感謝は自分の成長につながる

【3】の「マイナス発言は自分を後退させる」の反対ですね。
自分の身のまわりに起こることのすべては、多くの人たちに支えられて存在していると長谷部選手は言います。
多くの人々の働きがあって、今の環境があるということを説いています。
人間は自分1人で生きているような気になっていてはいけません。
周りのことすべてに感謝の気持ちを持つことが成長するポイントなのです。

◆◆◆

長谷部選手は、その真面目さから周りから厚く信頼されています。
あまりに真面目なので、若手選手からも、からかわれることがあるそうです。
しかし、それが先輩後輩を超えた一体感を生み出しているといいます。
この本に書かれた「心を整える」ための習慣の中で、「おっ、ここが他の選手と違うところだな!」と思ったことがあります。
それは、長谷部選手が1日30分1人で自分を振り返る時間を持っていることです
この30分で、自分のプレーや生活態度を見つめ直し、反省し、もっと向上するにはどうすればよいかを考えるのです。
諸君も見習ったらどうでしょうか?

でも、いきなり30分でなくてもいいと思いますよ。
最初は5分だけでも良いと思います。
その5分間で、自分の生活を振り返り、

◎反省する(1つで良いでしょう。あまり多すぎてもね…)
◎感謝する(たくさんしましょう)
◎決心する(これも1つ)

などを考えましょう。
心が整ってきて、明日は最高のパフォーマンスができるようになるかもしれませんよ。

【発問3】-------------------------
資料を読んで、「これはいいなぁ。自分もやってみよう」と思ったことを3つ書き出してみましょう。
-----------------------------


【生徒の答え】(多かったもの)
・心を鎮める時間を作る
・整理整頓は心の掃除
・遅刻が努力を無駄にする
・マイナス発言をしない
・感謝は自分の成長につながる
・読書は自分の考えを進化させる


【発問4】-------------------------
長谷部選手の生き方に照らして、今の自分に欠けているものは何でしょうか?
-----------------------------


【生徒の答え】
■私はいつも迷っていることとかがあっても、そのままにして次の日を迎えてしまうので、これからは心を鎮める時間を作るようにしたいと思いました。
■長谷部選手はかっこいいと思います。ちゃんと自分を持っている。
今の私は友達とずっといっしょにいることが多いから、1人になって考えようと思う。
遅刻もしないようにしたい。少しずつで良いから自分を変えたいです。
■長谷部選手は、毎日心を静める時間を持っているのに、自分は毎日何となく部活をやり、何となく授業をやり、何となく遊んでいるだけで、何となくばかりだ。
自分は何も考えずに日々過ごしているだけだとわかりました。
■遅刻の話はすごく共感した。自分は昔、遅刻が多く、練習が全然できない日があったりしてたいへんだったことを覚えている。決心して直すようにした。
これからも悪いと思うことを「意識」して直していこうと思う。
■私は長谷部さんのように心を鎮める時間を作っていなかったので、長谷部さんの考え方は良いなぁと思いました。
また、この部分が自分には欠けていることだと思います。
私もこれから少しずつ挑戦していきたいと思いました。
■私は「マイナス発言は自分を後退させる」というのは良いと思いました。
試合で負けたあとに人に当たってしまうことがあるので、マイナス発言は控えようと思いました。
八つ当たりしないために「心を鎮める時間」をつくって、よく考える時間を作れればいいなと思いました。
■自分はプレーをミスすることは悪いことだと考えていますが、これをマイナスに考えずにプラスにつなげていかなければならないと思いました。
これからは感謝、反省、決心をしていきたいです。
■夜更かしをしないでちゃんと寝る。
もう少し落ち着いた方が良い。
長谷部選手の話はすばらしいですね。人生の歩み方を勉強しました。
■自分で1日を振り返る時間は大切なんだと思った。今日から少しずつ心を鎮める時間を作ろうと思った。
長谷部選手の言葉を見て、自分に足りないことがたくさんあった。
■愚痴を言わないとか、すごいと思った。自分で思っていることを口に出さないでため込んでいるとモヤモヤするし…。
サッカー以外のことでもこんなに努力しているなんて初めて知りました。
全部行うのは無理だけど、反省する、感謝する、決心する、の3つを特に意識していきたい。
■長谷部選手は、自分のやっていることについてちゃんと考えて落ち着いて行動できる人なんだなと思いました。
今すぐには無理だけど、長谷部選手を見習って、愚痴を言わないようにしたいです。
人を気にするよりも自分のことを考えて落ち着いて行動したいです。
■何だかやる気がでないなぁ、なんてボーッとしているときが割と多いので、その時間を無駄にせず、自分を振り返ってみるのも大事だと思いました。

91-bb長谷部誠著『心を整える〜勝利をたぐり寄せるための56の習慣』幻冬舎刊

《授業おわり》

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道徳 日本人拉致事件

道徳 拉致事件から家族愛を考える
徳目は4-(6)「家族愛、充実した家庭生活」

授業で使用するDVDは、政府製作の『アニメ「めぐみ」』です。全国の学校に無償で配布されている(はず)です。
今日は、生徒の反応もお読みください。

《授業開始》
◆ 発問 1~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

最近、家族と過ごしていて、家族との関わりで印象に残っていることは何ですか?

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


・DVDを一緒に見た。
・叱られたこと。
・英検3級合格してほめられたこと。
・いろいろなところに出かけたこと。
・元旦から二日、おばあちゃんと一緒にいたこと。
・手伝いをして、冬に水を使うのがたいへんだと思ったこと。
・誕生日プレゼントをあげたら、喜ばれた。
・家族全員で、外に食事に出かけたこと。
・勉強しろといわれた。
・手伝いをしてお小遣いをもらった。
・家族でスキーに行った。

『ビデオ(『アニメ「めぐみ」』25分)を視聴します。
両親の思いが感じられるところをメモしながら見ましょう』

《視聴》

◆ 発問 2~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

両親の思いが感じられたところをどうぞ。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


・ずっと探し続けようとしているところ。
・お父さん、写真撮りすぎ。
・何年たってもめぐみさんのことを心配していて、親は子供のことをとても大切にしているという
ことが伝わった。
・最後まで、死んでいないと信じて、探し続けていること。
・すごい「愛」が感じられる
・マスコミを前に話をしているシーンが印象に残った。。
・自分の娘のことを信じているところ。

◆ 発問 3~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

めぐみさんが生まれた時、父のしげるさんが言った「人並みの幸せ」とは、どういうことでしょうか。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


・特別「すごい幸せ」とかではなく、他人と同じくらいの幸せでいい、という意味。
・他の人よりも大きい幸せをもらわなくていいから、人と同じくらいの幸せをもらいなさい、という意味だと思います。
・家族一緒で生活すること。
・普通に暮らして、普通に生きること。
・事故も何もなく、幸せに生きる…みたいな。

資料を配布します。
【資料】(抜粋)

【資料1】1980年産経新聞
当初、行方不明として報道された
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【資料2】1997年産経新聞
横田めぐみさんの拉致の疑いを報道したスクープ

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【資料3】2002年10月15日
5人の拉致被害者が24年ぶりに帰国を果たし、家族と再会

2002年10月15日 5人の拉致被害者

【資料4】拉致事件に対して、日本の政治家や外務省が発言してきたこと
彼らは何がしたいの?

土井 辻本

■土井たか子(社民党元党首)
「北朝鮮に対する食料援助は、少女拉致疑惑などとは切り離して人道的見地から促進すべきだ」(97年)

■辻元清美(社民党衆院議員)
「かつて植民地にして、北朝鮮には補償を何もしていないのだから、『9人、10人返せ!』ばかり言ってもフェアじゃない」(01年)

鳩

■鳩山由紀夫(元首相・民主党)
「拉致事件などの問題が解決しないと援助できないというのでは、北朝鮮の気持ちは和らげることができないのではないか」(97年)

田中

■田中眞紀子(元外務大臣・当時自民党)
「拉致疑惑があるからけしからんという意見もあるが、50万トンと言わず、100万トンでも援助米は出した方が良い」(01年)

■阿南惟茂(あなみこれしげ)(外務省・元中国大使)
「拉致疑惑には亡命者の証言以外に証拠がない。
韓国に捕まった工作員だから、彼らが何を言うかわからない」(97年)

■槇田邦彦(外務省・元アジア局長)
「たった10人のことで、日朝国交正常化が止まっていいのか。
拉致にこだわり、国交正常化がうまくいかないのは国益に反する」(99年)


【資料5】アメリカの政府関係者は…?
■ アメリカ元CIA東アジア部長アーサー・ブラウン氏
「拉致とは、国家主権を侵されたということで、これを解決しなければ、国家と国民の繋がりがなくなってしまいます。
国民を救出しない国は国とは言えません。
もしアメリカ人がメキシコかキューバに拉致されたなら、次の日には戦争になるでしょう。
軍事行動をできないなら、経済手段に訴える。
北朝鮮と取引する銀行とは日本は一切取引をしないと宣言する。
全ての銀行が日本を選ぶでしょう。
北朝鮮に経済的に大打撃を与えられる」(「WiLL」2008年12月号)

《資料おわり》

◆ 発問 4~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

【資料】を見て、思ったことや考えたことをどうぞ。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


●日本の政治家とアメリカの政治家の思考はぜんぜん違うことが分かった。
●30年以上離されるのはキツい。日本の政治家は「腰が低い」なぁ!!アメリカは言うことがすごいぜ!!
●日本の政治家とか意味が分からん。人が死んでいるかもわからんのに放置できるのがおかしい。
●罪のない人が拉致され、怖い思いをしているのに、何もしてあげられなかったことが、私は辛いです。
●日本の政治家は無責任だ。日本とアメリカとでは全然違う。同じ日本人なのにどうして助けないのか。アメリカを見習ってほしい。
●日本もアメリカのような対応をとるべきだと思います。
●日本よりアメリカの方が、国民思いだと思った。
●日本に助けようとしない政治家がいるなんて、驚いた。
●政治家の発言で「たった10人のことで」というのがあったけど、その考え方はおかしい。
●辻本清美さんのコメントを見て、サイテーだと思った。
●政治家は自分が拉致されても、そんなことを言えるのか!
●政治家は横田めぐみさんのことは何も思っていなくて、北朝鮮のことばかりを思っていてダメだなと思った。
●産経新聞、頑張って!と思った。


◆ 発問 5~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

今日、学んだことに照らして、
あなたが家族からの愛情を感じるのは、どんな時ですか。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


●家族と話している時。
●自分のことを心配してくれている時や応援してくれた時。
●一緒にいることだと思います。それに、学校にも行けるし。それが愛情だと思います。
●おこられたりとか、ほめられている時とか。心配してくれる時が愛情を感じる。
●外に出かける時とかに、心配してくれるとき。
●よくわからないけど、いつも一緒にいて、私のことをいつも思っていてくれている。
●ご飯をつくってくれて、食べる時。
●カゼをひいた時、心配してくれる。
●焼き肉を食べに行った時、「いっぱい食べな!」って言われる時。
●ん~、よくわからん。日常を生きている事なのかなぁ。
●どんな時でも感じています。


◆ 発問 6~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

家族の一員として、今の自分はどうですか。これからどうしますか。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


●一日一日を家族と大切に過ごしたいと思った。
●なるべくおこられないように頑張るぞ。
●反抗期。これからは家族に優しくしていきたい。
●何かと素直になりたい。
●もっと家族と話をしたい。
●これからはもっと家族に気配りをする。
●もっといろいろなことを考えなきゃいけないなぁと思いました。
●家のことは何もしないので、自分のことは自分でした方がいいなぁっておもった。
●家族の大切さは、家族がいなくなってわかるのだと思う。家族に感謝!!
●今はあまり役に立っていないけど、これから家族の役に立てるように頑張っていきたい。あと、いつも一緒にいられること(時間)を大切にしたいと思う。
●わがままなところがあるから直さないとダメだと思った。大事なものがなくなってから気づくのでは遅いと思った。
●今の自分は家で自由人です。でもこれからは親の手伝いをして楽させてあげたいと思います。
●感謝の気持ちをもって家族と接したいと思います。
●たぶん大丈夫。自分は家族を必要としているし、家族も自分を必要としていると思うから。

《授業終わり》

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道徳「一輪の花から始まった絆」アーレイ・バーク

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今日は「集団生活に必要なものは何か」を考えよう。
もちろん、それは「日本人の伝統的精神」から学ぶことになりますよ。
徳目は 4-(4)「集団の一員としての自覚」
(2-(2)「おもいやり」で捉えても良いお話だと思います)


《授業開始》
◆ 発問 1~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

これは五輪招致のプレゼンテーションの時の写真です。
滝川クリステルさんは、何と言っているでしょうか?

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

お・も・て・な・し

答え:「お・も・て・な・し」

●有名なシーンですね。生徒もみんな知っていました。
ここでまったく無関係のような質問をします。

◆ 発問 2~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

ところで、「トモダチ作戦」を覚えていますか?
知っていることをどうぞ。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


●これがほとんどの生徒は知りませんでした。
最初から知らないのか、忘れちゃったのか…。
適度にヒントを出しながら、説明しました。
ヒント:「東日本大震災」「アメリカ軍」「救援」

在日米軍が助けてくれたことは、ある程度知っていました。
よかった。

では、【資料1】を読みましょう。

【資料1】◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

今日は、外国人を感動させた日本人の「おもてなしの心」について勉強しましょう。

平成23年(2011)3月11日、日本に甚大な被害をもたらした東日本大震災がおこりました。
震災

自衛隊や警察、消防が必死の救援活動を繰り広げました。
この時、すかさずアメリカ軍が「トモダチ作戦」と名付けた日本への復興支援を開始し、瓦礫(がれき)の除去や多くの救援物資を届けてくれました。
実は、この話の裏には60年以上も前におきたひとつの物語があったのです。

それは、大東亜戦争(太平洋戦争)の終結からわずか5年後、昭和25年(1950)9月のことです。
まだ戦争の傷跡が残る日本に、一人のアメリカ人がやってきました。
アメリカ海軍の提督、アーレイ・バークです。

バーク

バークは駆逐艦乗りです。
巨大な戦艦を追い回す駆逐艦乗りには、日米ともに猛将といわれた人が多くいました。
バークもその一人です。
バークは大東亜戦争の中でも、日米合わせて9万人以上もの犠牲を出した激戦「ソロモン海戦」で日本軍の脅威となった男です。
そのバークが、敗戦国日本を支配する占領軍の海軍副長として、アメリカから派遣されてきたのです。
それは、「朝鮮戦争」勃発の直後でした。

バークが東京の帝国ホテルにチェックインした時のことです。
従業員「バーク様、お荷物をお持ちいたします」
バーク「やめてくれ。最低限のこと以外は、私に関わるな!」
実は、バークは筋金入りの日本人嫌いでした。
親友を日本軍の真珠湾攻撃によって失い、血みどろの戦いで多くの仲間や部下を失っていたからです。
戦争中、バークの心には、敵である日本人への激しい憎悪が燃えていました。

「日本人を一人でも多く殺すことなら重要だ。
日本人を殺さないことならば、それは重要でない」
という訓令を出したほどでした。
また、公の場で日本人を
「ジャップ」「イエロー・モンキー」
と差別的に呼び、露骨に日本人を蔑みました。
したがって、どれだけ日本人の従業員が話しかけても無視しました。
「腹立たしい限りだ! 黄色い猿どもめ!」

日本に来てから1ヶ月ほどしたある日のこと。
「なんて殺風景な部屋なんだ!」
ベッドと鏡台とイスだけの部屋を見て、せめてもの慰みにと、バークは一輪の花を買ってきてコップに差しました。

このあと、この花が意外な展開をたどることになります。
翌日、バークが夜勤から戻ってみると、
コップに差した花が、花瓶に移されていたのです。

◆(資料ここまで)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆ 発問 3~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

花瓶に移されていた花を見たバークは、
このあとどうしたと思いますか?

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


●想像でどうぞ。
○生徒:「ほめた」「お礼を言った」「やっぱり怒った」など。

●【資料2】で確認しましょう。

【資料2】◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

バークはフロントに行き、苦情を言いました。

バーク「なぜ、余計なことをした。誰が花を花瓶に移せと言った!?」
従業員「恐れ入りますが、ホテルではそのような指示は出しておりません」
バーク「何だって?」

この時は誰が花瓶に移したのか分からなかったのです。
さらに数日後…。
何と花瓶には昨日まではなかった新しい花が生けられていました。
「いったい誰がこんなことを…」

花はその後も増え続け、部屋を華やかにしていきました。
バークは再びフロントへ行きました。
「私の部屋に花を飾っているのが誰なのか、探してくれ」

調べた結果、花を飾っていた人物が分かりました。
それは、バークの部屋を担当していた女性従業員でした。
彼女は自分の乏しい給料の中から花を買い、バークの部屋に飾っていたのです。

それを知ったバークは、彼女を問い詰めました。
「君は、なぜこんなことをしたのだ?」
「花がお好きだと思いまして」
「そうか。ならば、君のしたことにお金を払わねばならない。受け取りたまえ」
と、彼女にお金を渡そうとするバーク。
ところが彼女は…
「お金は受け取れません。私はお客様にただ居心地よく過ごしていただきたいと思っただけなんです」
「どういうことだ!?」

アメリカではサービスに対して謝礼(チップ)を払うのは当たり前のことです。
しかし、彼女はお金を受け取りません。
このあと、彼女の身の上を聞いたバークは驚きました。
彼女は戦争未亡人で、夫はアメリカとの戦いで命を落としていたのです。
しかも、彼女の亡き夫も駆逐艦の艦長で、ソロモン海戦で乗艦と運命を共にしたのでした。
それを聞いたバークは、
「御主人を殺したのは、私かもしれない」
と、彼女に謝りました。
ところが彼女は毅然としてこう言ったのです。
「提督。提督と夫が戦い、提督が何もしなかったら提督が戦死していたでしょう。
誰も悪いわけではありません」

バークは考え込みました。
「自分は日本人を毛嫌いしているというのに、彼女はできる限りのもてなしをしている。
この違いは、いったい何なんだ…!?」

      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

のちに、バークは次のように言っています。
「彼女の行動から日本人の心意気と礼儀を知った。
日本人の中には、自分の立場から離れ、公平に物事を見られる人々がいること。
また、親切に金で感謝するのは日本の礼儀に反すること。
親切には親切で返すしかないこと、を学んだ。
そして、自分の日本人嫌いが正当なものか考えるようになった」


こうして、バークの日本人に対する見方は一変したのです。
折りしも朝鮮戦争は激しさを増していました。
バークは一刻も早くアメリカ軍の日本占領を終わらせ、日本の独立を回復するようにアメリカ政府に働きかけるようになりました。
加えて、日本の独立と東アジアの平和を維持するために、日本海軍の再建を説きました。
まだ終戦5年後ですから、アメリカ人の大多数が反日感情を持っている中です。
バークは根気強く説いてまわり、ついに海上自衛隊を作ることに成功したのでした。

その後、バークはアメリカ海軍のトップである作戦部長に就任します。
3期6年間も作戦部長を務めたのは海軍史上でバークだけです。
バークは、最新鋭の哨戒機P2Vを16機、小型哨戒機S2F-1を60機も海上自衛隊に無償で供給しました。

1961年、海上自衛隊の創設に力を尽くした功で、バークは日本から勲一等旭日大綬章(最高の勲章)を贈られました。

1991年、バークは96歳で亡くなります。
各国から多くの勲章を授与されたバークですが、葬儀の時に胸に付けられた勲章は、日本の勲章ただ一つ。
それは本人の遺言でした。
そのため、ワシントンの海軍博物館にあるバーク大将の展示には、日本の勲章だけが抜けたままになっています。

◆(資料ここまで)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆ 発問 4~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

【資料2】を読んで、感心したことは何ですか?
3つ以上、書きましょう。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


●女性従業員の偉さはもちろんですが、素直に自分を変えたバークも偉いとの声もあり。
今も墓の中でバークが日本の勲章を付けていることに感銘の声も出ました。

●でも、この話はまだ続きがあったんです。
歴史の数奇な繋がりをどうぞ。

【資料3】◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

平成23年3月11日、東日本を巨大地震が襲いました。
この戦後最大の国難に際して、在日アメリカ軍は直ちに「OPERATIONTOMODACHI=トモダチ作戦」を発動しました。

トモダチ作戦1

このトモダチ作戦で、もっとも早く被災地に着いたのが、
原子力空母ロナルド・レーガンです。

トモダチ作戦2

本来、韓国に向かう任務で移動中でしたが、艦長の独断で日本の救援に駆けつけたのです。
その艦長の名は、海軍大佐トム・バーク
そう、あのアーレイ・バークの孫です。

トム・バーク

バーク大佐は、ヘリコプターのパイロット出身でしたから、空母のことは副長に任せ、自分は救援物資を積んだヘリを操縦して、避難所を飛びまわったそうです。

このような自然災害が発生した場合、世界中でどんな光景が見られるか知っていますか…。
住民たちによる食料の取り合いが始まります。
こうなると、ヘリコプターといえども危険で着陸できないそうです。
何と着陸した途端、被災民が銃をぶっ放して、食料を取りに来ることもあるといいます。
したがって、たいていは低空からの空中投下になるそうです。

しかし、東北地方は、どの避難所にもヘリが着陸しやすいように、ヘリ着陸の目印「H」が書いてありました。
ヘリが着陸すると、被災民が荷降ろしを手伝いました。
終わったら、全員がお礼を言って見送ってくれます。


トモダチ作戦3

これには、世界各地で救援活動をしてきたバーク大佐も驚いたそうです。
「東北地方では、一件の略奪も殺し合いもなかった」
と軍の機関紙『星条旗』に書いています。
さらに、住民たちは必ず
「ここはこれだけで良いから、別の避難所に持って行ってくれ」
と言いました。
そんなことを言われたことも、日本だけだったそうです。

人間、極限状況にある時ほど、その本性があらわれる
と言いますね。

トム大佐は帰国後、日本で経験した驚きの出来事を家族に話しました。
もし、バーク大将が生きていたら、
「そうじゃろう。じーちゃんが日本好きになった訳がわかったじゃろう」
などと応えたでしょうね。

時が流れていくと、変わってしまったり、失われてしまうものがある中で、変わらないのが日本人の「人を思いやる心」です。
いつまでも護り伝えていきたいですね。


◆(資料ここまで)◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

◆ 発問 5~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

今日のお話を通して、学んだことや感想を書きましょう。
日本人の伝統的精神「人を思いやる気持ち」は、
今の自分に照らしてどうですか。

◆ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~


《授業終わり》

●「おもてなし」や「思いやりの心」とは、温かい「人間愛」の精神であることをわからせたい。
●実感としては、「親切」をしたり、されたりした時の気持ちを思い浮かべてみよう。
●震災時の日本人の米軍に対する態度は
助けられる時の『おもてなし』の態度
(変な言い方ですが)
と言えるのではないか。
●日本の「伝統的精神」の良さを知り、
日本人の一員として、他人に対して思いやりの心を持とうとする態度
を育てましょう。

トモダチ作戦4

【参考資料】 勉強になりました! ありがとうございました。
■『海の友情―米国海軍と海上自衛隊』阿川尚之 (中公新書)
■ビーバップ!ハイヒール「半世紀の時を超えて…『一輪の花』から始まった絆の物語」
  ABC(朝日放送)2013年放送



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プロフィール

服部 剛

Author:服部 剛
授業づくりJAPAN横浜《中学》の代表・服部剛です。中学校社会科教師です。
授業づくりJAPANは、授業実践を通して「国を思い、先人に感謝し、卑怯をにくむ日本人」「日本人の自由と真実を守るために戦うことのできる日本人」を育てます。
横浜・神奈川の志ある先生の参加をお待ちしています!
メルマガを購読すれば会員になれます(登録は下のリンクから)。
個人的な連絡はコメントからどうぞ。

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